もう一度観たいのに見つからない。 映画「フライド・グリーン・トマト」

おそらくこのブログ初の映画ネタだと思う。 そんなに詳しくも無いジャンルにまで挑戦せねばならないほどのネタ不足だとお察しいただきたい。

「好きな映画を5本挙げるとすれば?」と聞かれたならば、ぜひ入れたいと思うのが今回紹介する「フライド・グリーン・トマト」だ。 これはずっと昔から変わらない。

まぁ、今まで生きてきてそんな質問受けたこと一度も無いんだけども。

1991年製作のアメリカ映画で、上のポスターからもわかるように物語は4人の女性を軸に現在と過去を行き来しながら展開する。 現代を生きる中年女性と老女、そしてその老女の回想の中で語られる二人の女性。 自分なりにあらすじを書いてみるが、もう長らく観ていないので記憶違いをしている箇所もあるかと思う。 ご了承いただければ幸いだ。


専業主婦のエヴリン(キャシー・ベイツ)は夫からもあまり相手にされず、習い事やダイエットを試みても続かない。 何をやってもダメな自分がイヤになって憂鬱な日々を過ごしていた。

ある日、エヴリンは叔母の見舞いで訪れた老人ホームで、快活でチャーミングな老女ニニー(ジェシカ・タンディ)と出会う。 ふとしたことから会話を交わすようになった二人。 ニニーは今から半世紀以上遡った昔、閉鎖的な南部の田舎町で起こった出来事を語り始めた。



アラバマの田舎町で暮らす勝ち気で男勝りな少女イジー(メアリー・スチュアート・マスターソン)はいつでも大好きな兄と一緒。 しかし遊びに出かけた途中、不運な事故により目の前で兄を失ってしまう。 悲しみのあまり周りを完全にシャットアウトし自分の殻に閉じこもるイジー。

大人になってもイジーは相変わらず周囲を受け入れず、荒くれ男の集うバーに入り浸りポーカーや酒に溺れる自堕落な生活を送っていた。 そんな彼女に手を差し伸べたのは亡くなった兄の恋人だったルース(メアリー=ルイーズ・パーカー)。 最初はぶつかり合う二人だったが、真剣にイジーのことを心配するルースの姿に次第にイジーも心を開いていく。



ニニーの昔話にどんどん惹き込まれていくエヴリン。 ニニーの話を聞くために定期的に老人ホームに通うようになり、身の上相談をするうちに少しずつではあるがエヴリンの中で何かが変わり始めていく。 セミナーや講習会に通ったり、これまで着なかったようなファッションに挑戦したり。 相変わらず空回りすることも多いものの、かつての消極的なエヴリンは影をひそめていく。



やがてルースは富豪に見初められ結婚。 イジーは自分とは住む世界が違ってしまったルースと敢えて距離を置くようになる。 しかしある時、ルースの夫は実は人種差別主義者のDV男であることをイジーは知ってしまう。 妊娠中にもかかわらず顔にアザを作ったルースを見たイジーは怒り心頭、とまどうルースを説得して夫からの逃亡計画を実行する。

何とか逃亡に成功した二人は、その後「ホイッスル・ストップ・カフェ」という庶民的な食堂をオープンする。 黒人やホームレスも分け隔てなく受け入れる姿勢と、名物料理「フライド・グリーン・トマト」のおかげもあって店は繁盛、しかしその経営方針を良く思わないKKK(白人至上主義団体)と、ルース奪回に燃える夫は虎視眈々と「ホイッスル・ストップ・カフェ」襲撃の機会をうかがっていた。

ある夜、銃で武装したKKKとルースの夫がカフェを襲撃する。 しかし、日頃の施しに感謝する貧しい客やカフェのスタッフの協力もあってイジー達は何とかルースとその幼い息子を守ることに成功。 そして、その夜を境にルースの夫は行方不明となる。

町の保安官はルースの夫をずっと敵対視し憎んでいたイジーに疑いの目を向け、イジーは殺人の容疑で裁判にかけられることに。 じかし結局最後まで死体は見つからず、そしてカフェに集う人達の協力もあって最終的にイジーは無罪を勝ち取ることとなった。

晴れて無罪の身となったイジーだが、その頃ルースの体は徐々に病魔に侵されつつあった。 「ホイッスル・ストップ・カフェ」も閉めざるを得なくなり、ルースは生家に戻ってベッドに寝たきりの生活を余儀なくされる。 カフェで働いていたスタッフ達も献身的に看病をし、イジーと共に奇跡を祈り続けるが、それも叶わず、ルースは日々衰弱していく。

ある日、部屋に呼び寄せた息子に「決して悲しんでは駄目よ」と語りかけるルースの姿を見て、イジーは最期の時が近づいているのを悟る。 ルースはイジーに「あなたのホラ話を聞くのが大好きだったの。 とっておきのを聞かせて」と頼み、イジーは冬の湖にカモの群れが飛来した夜、急に寒波が訪れて湖が凍り付き、カモ達は湖ごと飛び立ったという話をし始める。 そしてその話を聞きながらルースは静かに息を引き取る。



ニニーのおかげで完全に自分を取り戻したエヴリン。 昔の内気な彼女はもうどこにもいない。 ある日、いつものように老人ホームにニニーを訪ねたエヴリンは彼女の部屋の装飾がスタッフによって片付けられているのを目撃する。 「ここの方なら今朝お亡くなりになりましたよ」と聞いたエヴリンは号泣、「そんなのあんまりよ! どうして1日くらい片付けを待てないの? 彼女を敬う気持ちは無いの?」と猛抗議するが、結局それは彼女とスタッフの勘違いで、ニニーはちょうど老人ホームを退去したところだったことが判明する。

慌てて老人ホームを飛び出したエヴリンはかつて自宅があったはずの場所で呆然と立ち尽くすニニーを発見する。 ニニーの家は老朽化して危険だという理由から彼女に内緒で既に取り壊されてしまっていたのだ。 「帰る場所も、知る人達も、何もかも無くなってしまった」と嘆くニニーに、エヴリンは「良かったらウチに来てくれない?」と提案する。 「あなたは私を変えてくれた恩人だから。 私と夫の面倒を見て欲しいの」

ニニーのいた場所の近くには、あのルースのお墓があり、そこにはイジーのニックネームである「ビー・チャーマーより」と書かれたメッセージカードが供えられてあった。 「イジーはまだ生きているの?」と驚くエヴリン。 そんな彼女にニニーは「そうね、彼女の姿をときどき見かける気がするわ」と優しく微笑みかけるのだった。


うまくまとめられずに自分でももどかしいのだが、以上が物語のあらすじだ。 まぁ、面白さの10分の1も伝えられていないと思うのでお許しいただきたい。

ネタバレを書かせてもらうと、ルースの夫を殺したのは「ホイッスル・ストップ・カフェ」で働く黒人スタッフだった。 イジーは彼らが罪に問われないよう画策し、結果無罪を勝ち取る。 死体が見つからなかったのも無理はない。 カフェで開かれたバーベキューパーティーの材料として使われたのだから。

冷静に考えれば「そんな無茶苦茶な」という気もするが、おとぎ話なんでOKなんである。 よく練られたストーリーにグイグイ引き込まれていくので特に違和感を感じることは無い。

また、それほど感動シーンがある訳ではないが、だからこそルースが亡くなるシーン、そして葬儀のシーンでイジーが努めて淡々とその死を受け入れようとしている姿に、こちらの涙腺崩壊は必至である。 よって決して人前では観ることのできない一本でもある。

物語の最後、実はニニーがイジー本人であることを示唆してこの映画は終わる。 細かいところに色々と突っ込みどころはあるものの、観た後に必ずココロがホッコリする良い話だと思う。

久しぶりにこの映画を見返してみたくなったのだが、近くのTSUTAYAにもレンタルは無かった。 Google PlayやiTunesでも見当たらない。 そんな訳でどこかに中古DVDでも売っていないか、ちょこちょこと探しているところだ。

【2018年11月15日 追記】

今さら言いにくいのですが、近隣のTSUTAYAにレンタルDVDが一枚だけあることを発見。 近日中に借りて久しぶりに観てみます。

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