家・土地を探している方へ、僭越ながら。

先日、雑誌を整理していたところ、自分が家探しをしている時に買った本が出てきた。

タイトルの下に大きく書かれた「立地5割、価格3割、間取り2割の法則」。 これは著者によれば、家探しをする際に重視すべき事項の割合を表したもので、「もちろん予算は無視できないし家の構造や品質も重要だけど、最も大切なのはどんな土地・場所に住むかであって、そこに少なくとも半分の労力と時間を割くべき」という意味である。

私は最初の内はこの説にいまいちピンと来ていなかったものの、約半年強に渡って集中的に土地・家探しをしてみて、そして今実際にそこに数年間住んでみて、この法則はかなり正しいのではないかとボンヤリとながら感じ始めているところだ。

我が家の場合、以前に住んでいたところの退去のリミットが決まっていたこともあって期限内に新居を見つけることは必然だった。 そのくせ動き出しが遅れてしまったのは否めず、結果として半年間必死に探しまくるという、かなりせわしない状況に陥った。

ただ、このようにリミットが決まっていたのは今考えれば良かったのだと思う。 何らかの縛りがないと「もっといいところがあるはず」とズルズルといつまでも決められないだろうから。 実際に不動産屋さんに聞いても、緊急性が無い場合では3年4年とずっと土地を探しているヒトがザラ、ということだった。

それでも、元々大阪の出身ではなく土地勘もあまり無いこともあって土地探しは難航した。 価格、広さ、治安、駅や学校からの距離、といった基本的な条件はもちろん考慮した上で探すのだが、何というか「ピン」と来ないのである。 そんな抽象的な表現されても・・・とつっこまれそうなので言い換えると「そこに心から住みたいと思えるかどうか」といったところだろうか。

それこそ毎週末を使って様々な場所を見に行って感じたことは、条件の良さとその土地の魅力とは必ずしも正比例しない、ということだった。 まぁ、当たり前ではあるのだが、例えどんなに広くてキレイで静かな素晴らしい環境であったとしても、自分がそこに住みたいと思えなければ何の意味も無いのである。

僕は普段はあまり直感とか第六感的なものを信じないし、そういう根拠の無い判断というのは好まないのだけど、こと家・土地探しに関しては自分の「ピン」を信じてみようと決めた。

探しはじめてから約半年が経ちタイムリミットが迫る中、まだその「ピン」を見つけられなかった僕は、一旦視点をリセットしてみることにした。 今まで条件的に手が届かなそうだからという理由で何となく選択肢から外していた地域をローラー作戦よろしく細かく調べていくことにしたのである。

果たしてキチンと調べてみると、いくつかの条件で少々目をつぶれば十分に選択肢になりうる物件があることがわかった。 そして自分にとっての「ピン」がその中にすぐに見つかったのだ。

もちろん直感「だけ」で判断してよい買い物では無いことはさすがの僕でもわかる。 幸い当時住んでいた場所からそれほど遠くなかったので、仕事帰りや休日を利用して何度か下調べに出掛けた。 適当なコインパーキングに車を停め街を歩いてみる。 用事もないのに電車に乗って一駅隣の駅から歩いて戻ってくる。 買い物しないくせにスーパーに入ってブラブラしてみる。 そんなことを何度かやってみて感じたのは、これまた極めて抽象的で根拠の無い表現になってしまうのだが「この街のヒトは皆ちゃんと学校に行って真面目に勉強して、会社に行ってしっかり働いて、地に足つけて毎日を暮らしているな」ということだった。 そしてそんなヒト達が住む街だからこそ生まれるであろう穏やかで落ち着いた雰囲気にも好感を持った。

「ここだな」 これまでの苦労は何だったんだと思えるくらい僕のココロはあっさりと決まった。 何より僕の気に入った土地の近くには素敵な公園があり、そして近すぎず遠すぎない絶妙な距離に鉄道が通っていた。 ものすごいくだらない、どうでもよいことかもしれないが、家が建って2階の窓から電車を眺めている自分の姿が浮かんだ。 それって絶対楽しいはず。 自信を持ってそう思えたのだ。

その場所は幸いにも家族も気に入ってくれ、そうして我々の家・土地探しは終了した。 現在住みはじめて数年経つが、今のところその判断は間違っていなかったと感じている。

地獄の35年ローンの先行きは見えないけども。。。

「一回の経験だけで偉そうに語るな」 おこがましいのは重々承知しているつもりだ。 でも、もし今、家や土地探しに悩んでいる方がおられたら。 「ここに住みたいとココロから思えるかどうか」「時には直感に従ってみる」という言葉をアドバイスとしておくりたいと思う。 僭越ながら。

シェアする

フォローする