かつて台湾の地にクッキリと刻まれた僕の足跡。

今から15年以上前のことだと思う。 そのとき僕は仕事の用事で台湾にいた。

夜、現地の取引先のヒトがホテルの近くにレストランを予約してくれ、夕食をごちそうになった。 串に刺された海老をとにかくひたすら焼き、自分で殻をむいて食べまくるというスタイルのレストランで、海老が特別好きな訳でもない僕であっても結構な量のエビを食べたと思う。 なにせサイドメニュー的なものがほとんど無いので、海老を食べまくるしかないのだ。 台湾ビールで流し込みながら。

レストランはホテルから歩いて行ける距離だったので、夕食が終わった後、僕は一人で散歩がてらブラブラと帰ることにした。 めちゃくちゃ酔っている訳ではないけども僅かにフラフラする程度で、火照ったカラダに夜風がキモチイイ、そんな夜だった。 (湿度の高い台湾の夜風が気持ちいいことはあんまり無さそうなので、思い出が美化されているのかもしれない)

ホテルまであと100メートルくらいのところまで来た時、僕は足元に違和感を感じて下を見て、そしてゆっくりと後ろを振り返る。 そこにはつい今しがた綺麗に表面を整えられたとおぼしき半乾きのコンクリートと、そこにクッキリと刻まれたスニーカーの足形が4つ。

改めて周りを見回すと、歩道の一部が幅5メートルくらいにわたって削られ、そこにコンクリートが流し込まれていた。 傷んだ表面を修理していたのだろう。 ちゃんと四隅には三角コーンも立てられ歩行者に注意を促していた。

異国にいる非日常感にホロ酔いが加わってボンヤリしていたのだと思う。 まったく気が付かなかった。 僕は急いでコンクリートの表面を足と手でならしてごまかそうとしたが、足跡はあまりにクッキリとしていて、コンクリートは手ではどうにもできない程度の絶妙な固さになっていた。

それはもう本当に見事な、ギャグ漫画かコメディ映画くらいでしか見られないレベルの完璧な足跡だったのだ。 たぶんハリウッドのチャイニーズシアターのあたりに埋め込んでも違和感無いくらいの。

幸いだったのは工事関係者含め周辺には誰もおらず、僕の失態を目撃されなかったこと。 あんな鏡のように完璧な面を出したコンクリートに4つも足型をつけるという蛮行。 見つかったらボコボコにされても仕方ない場面だ。 損害賠償を請求されるかもしれない。

本当に申し訳無いのだが、僕はそっとその場を立ち去った。 工事している業者を調べるなり、ホテルの人に伝えるなりもできたかもしれないのにそれをせず、翌朝シレっとチェックアウトしそのまま日本に帰国した。

15年以上経った今でも、まだ固まりきっていない建築現場のコンクリートを見るたびに、あの日の僕の”犯行”を思い出し、なんだかソワソワムズムズしてしまう。

あいにく泊まっていたホテルの名前は忘れてしまったが、周辺の景色は結構ハッキリと覚えているので記憶を辿って調べれば場所は特定できるのかもしれない。 目をつむり、もしかしたらまだそこに残されているかもしれない自分の「足跡」をイメージしてみる。 なんだかまだそこにあるような気がしてならないのだ。

”それ”を探すことだけを目的に台湾旅行に行ってみるのも良いかもしれない。 今さらそこにいって何か償いができる訳でも無く全く無意味な行為なのだが、最近けっこう真剣にそんなことを考えたりしている。

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