海外に行った際に現地の人の親切に助けられることも多いので、逆の立場として日本で海外からの旅行客が何か困っている様子であればなるべく積極的に声を掛けるようにしたいと常々思っている。
先日、東京に行った時のこと、私は羽田空港に向かうべく品川駅で電車を待っていたのだが、すぐ背後から英語で何やら相談しているような会話が聞こえてきた。
「こんなに色んな種類の電車や行き先があると、どこで待っていればいいのかよくわからないね・・・」
こんな感じのことを話しているようだ。 どうやら海外からの旅行客で、とにかく混雑している駅に辟易している感じも伝わってくる。
何か手助けできることがないかな、と軽く後ろを振り返ってみると、60代半ばくらいの中年の夫婦が大きなトランクを傍らに立っていた。
「容姿は完全にアジア系だけど英語で話しているし、どこから来た人達だろうか、、、」などと考えたのも束の間、向こうから「空港へ行くにはここに並んでおけば良いですか?」と尋ねてきた。
「ええ、私も空港に行くのでここで大丈夫ですよ」
拙い英語で返してみる。
「どうもありがとう、なら安心です」
京急の品川駅、しかも夕方ということでホームはとにかく混雑していた。 羽田空港行きはまだ10分ちょっと待つ必要があったのだが、その間にも電車がひっきりなしにやってきてはパンパンに人々を詰め込んで出発してゆく。 その光景に彼らは「ハハハ・・・すごいね」といった感じで肩をすくめた。 「クレイジーでしょ?」と私も笑う。
空席こそ無かったものの幸いにも空港行きの電車はそれほど混んでいなかった。 私たちは同じドアから乗り込み隣り合って吊り革をつかむ。
会話が全く無いのも何となく気まずくなってきたので、私はとりあえず当たり障りの無いことを奥さんに聞いてみた。
「どちらからですか?」
「ハワイからよ」
「羽田からどこへ飛ぶんですか?」
「ハワイへ帰るのよ」
私はてっきり日本の別の空港へ移動するのかと思っていたので、何だか不安になってきて旦那さんに確認する。
「だったら成田空港ではないんですか・・・?」
「いや羽田でいいんだ」 「羽田からハワイアン航空で帰るんだ」
一応スマホで確認してみると、確かにハワイアン航空の便がある。 羽田と成田を間違えているという最悪に気まずい展開にならなくて良かった、、、と心底ホッとした。
「旅行はどうでしたか?」
「福岡へ行ってその後東京を観光したの、計10日間。 福岡では屋台で色々な名物を食べたのよ。 そして東京では相撲を生で見ることができて最高だったわ。 今日で終わりなのが残念だけどね」
奥さんが楽しそうに話す。 その姿を見ながら旦那さんもニコニコと笑っていた。
私自身は普段は別に愛国心があるとは思ったことは無いが、日本という国を楽しんでくれて本当に嬉しく思い、何だか自分が褒められたかのように無性に嬉しくなった。
羽田空港には先に国際線ターミナル駅、そして終点が国内線ターミナル駅という順で停まるので彼らが先に降りることになる。
「次の駅ですね」
私が言うと、奥さんが手さげの中をガサゴソして小さな何かを取り出した。
「これ、良ければどうぞ」
突然のプレゼントにビックリしたが、カラフルな袋に入れられた小分けのマカダミアナッツチョコとのことでありがたく頂戴することにした。
電車が国際線ターミナル駅に到着する。
「どうもありがとう、助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして。 安全な旅を!」
ドアが閉まり電車が動き出した。 ホームから手を振ってくる彼らに向かい、私はついさっき貰ったチョコの小さな袋をかかげながらチョコンと頭を下げてみる。