自分以外には何の価値も無い旅行記。(前編)

しばらく前のことになるが、自分が大学時代を過ごした街を20数年ぶりに訪れるという経験をした。

そんなに久しぶりになってしまったのにはいくつか理由がある。 まず場所がどちらかというと日本の端っこの方で、しかもあまり大きくない地方都市のため仕事や観光で訪れる機会がなかったこと。 僕がいま住んでいる大阪からもすごく遠いため気軽には行けないこと。 しかし、何より一番の理由は特に訪ねるような知人・友人がいないことだろう。 大学にはだいたい地元・親元から通っている生徒が一定数いるはずなので、普通に大学生活を送っていればその近辺に今でも住む友達がいくらかはいるはず、いるべきなのだが、当時からエリートボッチだった僕にはそれが無い。

久しぶりに見た大学の校舎は当時のままのような、でも何となく少し小さくなったような感じがした。 当時、大学から歩いて10分ちょっとのアパートに住んでいたので、ぜひ昔と同じ通学ルートを歩いてみようと思いわざわざ大学まで来たのだ。

校門を出るとなだらかな下り坂になっていて、いくつか店が並んでいる。 店名は忘れてしまったのだがたまに寄っていた喫茶店を探す。 薄暗い古ぼけた店だったが、そこでいつも銀色のステンレスの皿に盛られたドライカレーを注文していたのを覚えている。 ドライカレーというか単なるカレーピラフで特に美味しいわけでもなかったのになぜかそればかり食べていた。

残念ながらその店があった場所は建て替えられ全然別の店になっていた。 なにせ20年以上だ、仕方ない。 その先の交差点を右に折れ高架になっている線路を渡ったところに当時はニチイだったかサティだったかのショッピングセンターがあって、いつも安くなった惣菜を買って帰っていたことも思いだしたがそこも完全に無くなっていた。

ショッピングセンターのちょっと先にある細い路地を右に入りアパートまでの道をショートカットするのが当時の僕の定番ルートだった。 そしてその路地にある縦に細長いアパートには同じ大学に通うちょっと気になる女の子が住んでいた。 僕の普段のブログから絶対に誤解を生じていると思うので先に言っておくが、住所を調べたりだとか後をつけたりした訳では無い。 通学時間にそのアパートから出てくる彼女とカチ合うことがしばしばあったのだ。 肩よりちょっと短いくらいのストレートの黒髪が似合う、なんとなく高貴で凛とした感じの漂う子だった。

とは言っても名前も知らないし同じ授業になることもなかった。 もし今の僕なら何か適当なキッカケをつくって話しかけることもできると思う。 しかしもちろん当時の僕にそんなことは望むべくもなかった。 そう、いつだって、なにをするにも僕は10年いや時には20年以上遅いのだ。  その子が住んでいたアパートはもう無くなってはいたものの、階段から降りてきて前を歩く彼女のうしろ姿は思いのほかクッキリと思い出すことができた。

そこから緩やかな登り坂を5分も歩けば僕が住んでいたアパートだ。 もう一ヶ所だけ寄りたい店があった。 「ペニーレーン」という今思えばなんだかチョイダサな名前の小さな喫茶店。 僕はここのセミ常連だったのだ。 マスターやウェイトレスと話をすることは無かったが「いつもの」と言えばオーダーがとおる程度には通っていたとは思う。

「いつもの」の正体は野菜炒め定食だ。 喫茶店らしく熱々に熱せられた鉄板で出てくる野菜炒めには目玉焼きがのっていた。 すごいボリュームがあるわけでも値段が安いわけでもなかったが、何となく野菜不足を感じた時、僕はいつもアパートから歩いて2分のそこに行って野菜炒め定食を食べた。

もし「ペニーレーン」が営業していたら、僕は絶対にもう一度野菜炒め定食を注文してみるつもりだった。 しかし残念ながらその夢は叶わなかった。 店舗は見つけることができたものの入口のシャッターは7割方降ろされ、店内は真っ暗だった。 シャッターからのぞくドアや窓もなんだか薄汚れたようなホコリがかぶっており、正直なところ店休日というよりもう営業していないんじゃないかという感じすら受けた。

ちょっと来るのが遅すぎたのかもしれない。 そう、いつだって、なにをするにも僕は遅すぎるのだ。

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後編に続きます。

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