かつて初めて死というものを身近に感じた出来事。

祖父母や両親といった家族、あるいは親しい友人が亡くなったりすれば、それはもちろん身近な死ということになるだろうが、それ以外ではヒトの死というのはどこか非現実で実感の無いもののように思える。

「死」ということについて私が初めて深く意識し、そして今になっても時折思い出して色々と考える出来事がある。

私の通う学校では文化人を招いて講演をしてもらうという催しがあった。 どんな方の話を聴いたのかは正直全く記憶には無い。 おそらく著名な方や非常に優れた功績を残された方が招かれていたのだと思うが、その年代の大多数の子供にとって講演なんていうものは退屈以外のなにものでもなく、今になって考えれば非常にもったいないことだが私もそんな失礼な聴衆の一人だった。

そんな中、唯一覚えている講演者が中東・イスラム学者の五十嵐一氏だ。 白状すればこれまた失礼な話だが講演の内容自体は全く覚えていない。 私自身はイスラムの文化や歴史に特に興味は無かったからだ。

それならば何故いまになるまで、そしてこうやってブログに書こうと思うくらいに印象に残っているかというと、それは後に五十嵐先生が殺されてしまったからである。

講演が終わり学校から帰った後、私は自転車を走らせて駅近くの書店へ行った。 いつものように雑誌を立ち読みしようかとしたところ、そこには先程講演を聴いた五十嵐氏がいて真剣な表情で本を選んでいた。

チラチラと何度も見られていることに気付き、おそらく「さっきの学校の生徒だな」と思ったのであろう氏は、笑顔でもなく会釈でもないような何とも言えない微妙な感じで反応を返してくれたことを覚えている。

もう少し成長してからであれば「先ほどはありがとうございました」の一言でもいえたのかもしれないが、当時の私にはそんなことができるはずもなく、なんだか気恥ずかしくなってしまいそそくさと書店を後にしてしまった。 それが五十嵐氏との唯一の接点だ。

その後何年かして、五十嵐先生が勤務先の筑波大学で何者かに殺害されたというニュースを観た。 イスラム教を冒涜する文学の日本語翻訳を担当していた為、反イスラム行為に対する報復として殺されたという説が有力だが、結局犯人は見つからないまま2006年に時効を迎えている。

講演を聴いたという接点しかなかったものの、この五十嵐氏の死に当時の私は非常にショックを受けた。 具体的に何に対してかというのはよくわからない。 大志を持った方の人生がこのような理不尽な形で突然終わってしまうことの理不尽さに対してなのか、海外諸国との関係悪化を避けるために国外捜査に消極的な政府の姿勢に対してなのか。

五十嵐氏は事件前、自らに生命の危険が迫っていることを察知しているような言動を示していたという報道もある。 そのような状況の中、どのような気持ちで日常生活を送っていたのだろうか、そして襲われた際に脳裏によぎったのは諦めだったのか、あるいは全く別の感情だったのか。 そういったことを今でも時折ふと考えてしまい言い知れぬ不安を感じてしまうことがある。

Auditorium

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