Walk Don't Run

街歩きや旅行 その途中で考えたこと

ぼくのはじめての海外旅行。(後編)

【前編からの続きです】 

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若さというのは本当に価値あるものだ。 夕方になるとカラダは完全に復活していた。 風邪だったのか、食あたりだったのか、それとも知恵熱か、今となってはそんなことどうでも良いと思えるほどの回復っぷりだった。 夜の街へ出て今度はあまり辛くない料理を慎重に選んで食べた。 そして思う存分歩き回った。 私の街歩き好きはすでにこの頃に完成していたのだと思う。

 

 

翌朝、すっかり元気になった私は、しばらく考えてソウルへ行ってみることに決めた。 駅の窓口で筆談を使い特急”セマウル号”の切符を買う。 ソウルまでの4時間余りはあっという間だった。 車窓から初めて眺める異国の風景だ。

 

 「初海外のくせにノープラン」 もちろんソウルのことも何ひとつ調べていなかった。 前編でも書いたが何でそんなことができたのか。 もったいないというかアホというか。。。 ヒマな大学生 bored_dd だ、下調べする時間なんていくらでもあったのだ。 自身にまつわる七不思議のひとつである。 他の六つは知らんけど、、、

 

結局ソウルでもひたすら街歩き。 当時田舎町に住んでいた私にとってソウルはとんでもない巨大都市だった。 地下鉄を使っていろんな場所を歩き回る。 あまりお金に余裕は無かったからショッピングやお土産探しなんてのはしなかった。 お土産を渡す相手がいないという件はほっといて欲しい。

 

なにせ、もう20年も前のことなので記憶は曖昧なのだが、一つだけハッキリ覚えているのが焼き栗の屋台での出来事だ。 歩き疲れてちょっと甘いものが食べたいと思い屋台のおじいさんに指を一本立てて注文してみる。 おじいさんはこちらに向かって指を二本立て、私は200ウォンを差し出す。 レートの感覚に慣れていなかったとはいえ失礼なことをしたと思う。 おじいさんはさっきまでの穏やかさがウソのようにものすごい剣幕で、そして日本語で「にしぇん!!!」と声を張り上げた。

2,000ウォンを持っていない訳では無かったが、その勢いにすっかりビビってしまった私は結局買わずにそそくさと逃げ出してしまった。 向こうにしてみれば単にからかわれたように感じただろう。 本当に申し訳ないことをした。

 

 

夕方になり釜山の時と同じく飛び込みでホテルを探した。 2泊はしたはずなのに全く記憶にないところをみるとフツーのビジネスホテルだったのだろう。 そしてソウルではだいぶ色々なところを歩き回ったはずなのにあまり思い出せることが無いのが不思議で悲しい。 焼き栗のインパクトで上書きされてしまったということもあるのかも知れない。

 

 

もう一つ今でも信じられないことは、この時点で帰国の手段を何も考えていなかったことだ。 「釜山に戻ってまたフェリーの切符買えばいいんじゃね?」 欠航とか満席とかの概念は全く持っていなかった。 まぁ学生だから仕事に穴を開けることは無いけどアルバイトのシフトはあったような気がする。 今はもう私からすっかり失われてしまった大胆さ、、、

 

しかし最終的に私が出した答えは「もう船酔いはイヤだから飛行機で帰ろう」だった。 チケットを買わねばならない。 飛行機の絵の看板が出ている店に「たぶん旅行代理店だよね・・・」と飛び込み、紙に「福岡」と書いて見せるとカウンターのお姉さんは理解してくれたようだった。 ”往復”でなくて”片道”でというのを伝えるのにだいぶ苦労したものの無事に翌日のソウル-福岡便を予約できた。  一安心。 そして翌日無事に帰国した。

 

 

 

今になって振り返ればしょーもない旅行だ。 旅慣れたヒトから見れば「なんだそんなこと」ばかりだろう。

しかしこの時、インターネットもスマホも無い時代に、自分ヒトリで、誰にも頼らず、外国に行って無事に帰ってこられたという事実は、今に至るまで私を様々な局面で支えてくれているはずだ。 「まぁ、なんとかなる」 この気持ちはどんな時にも忘れないようにしていきたい。

 

 

「若者よ、旅に出よ」

 

人生訓を垂れるのは好きではないし、そんな資格もないことは承知だ。 でもやっぱりこの言葉は正しいと思う。

 

 

Seoul


ぼくのはじめての海外旅行。(前編)

「若い時にもっと旅に出て世界を見ておくべきだった」 オトナの後悔リストの定番だが自分がオッサンになってみると本当につくづくそう思う。 LCCなんてものは無かったが時間は腐るほどあったのだ。 工夫次第でいくらでも機会は作れたはずだ。

 

 

私の初めての海外旅行は大学卒業間近だった。 と聞くと華やかな卒業旅行をイメージするかもしれないが、陰キャで基本ボッチ君だったのでそんなものには誘うことも誘われることも無かった。 当時は海外旅行にも興味が無かったのにどうして行ってみようと思い立ったのかは全く覚えていない。

行き先を韓国にしたのはあまり財布に余裕が無く遠くまでは行けなかったからだろう。 今でも不思議なのは、初めての海外そして一人旅にも関わらず、何の準備もせずに出発したことだった。 買ったのは山口県の下関と釜山を結ぶフェリーの片道チケットだけ。 それ以外は帰りのチケットも現地の宿泊も、何も調べず手配もしなかった。 小心者の私がなんでそんなことができたのか。 「オレってちょっと変わってるし」という若者特有のイキりだったのか、それとも単なるバカだったのか、今だもって謎である。

 

 

下関のフェリーターミナルは背中に大量の商品を背負った行商のオバサンで賑わっていた。 フェリーはここを夕方出発し翌朝早くに釜山に到着する。(実際はそんなに時間が掛からないので夜が明けるまで釜山港沖で停泊し時間調整が行われる) 初めての出国手続きを済ませ船に乗り込む。 節約のためもちろん2等船室、雑魚寝のカーペットフロアである。

最初の洗礼は船酔いだった。 大きな船ということで油断していたが、ゆったりとした揺れでもすぐに気分が悪くなってしまい、食事も取らずに横になるといつの間にか眠ってしまっていた。

 

夜中に目覚めると気分はいくらか良くなっていたものの、もう一度眠ることはできそうになかったので船内を歩き回ったり、窓から真っ黒な海を眺めたりして過ごした。

 

夜が明けると目の前には釜山の街がひろがっていた。 デッキに出て眺めていると、船室で近くに陣取っていたオジサン二人組が声を掛けてきてしばらく雑談をする。 仕事で来ているそうで、このフェリーも釜山の街も常連ということであった。

「もし良かったら一緒に朝メシ食べてかない?」 気軽な感じで誘われた。 「はい、お願いします」 旅行記や映画なんかだと完全にフラグが立った状態である。 店とグルになっていてボッタくられるか、最悪睡眠薬でも盛られて身ぐるみ剥がされるか。

今の私なら丁寧にお断りしていると思う。 しかしこの世間知らずのチェリーボーイは微塵も疑うということをしないのだ。

 

 

ラッキーだった。 オジサン達は単なるフツーにイイ人だった。 釜山の市場に連れて行ってもらい刺身や煮物など色々と食べたにもかかわらず代金は決して受け取らず、最後に「気を付けて」と言い残し去っていった。 これも”ビギナーズラック”の一つだったのかも知れない。

 

さて、釜山に来てみたものの何の予定も立てていない。 とりあえず釜山タワーにのぼり、その後はひたすら街をブラブラしていたように思う。 今は違うのかもしれないが当時は店舗の看板や案内にも英語や日本語表記は少なくほぼハングルばかりだった為、どんな店なのか、何を売っているのかが外観からはイマイチわかりづらかった。 窓から覗いて入ろうか迷ってやっぱりやめる、というパターンを何回も繰り返していた。 なんだかんだ言って恐怖心があったのだと思う。

 

昼食はさんざん迷ったあげく地元の人が多そうな小さな食堂に入ってみた。 小さくて不鮮明ながらもメニューに写真が載っていたからだ。 やたら色が赤いのは気になったものの一人鍋みたいなのと炒め物を頼む。 やってきたのは写真以上に真っ赤な料理だった。 頑張って食べたものの最後は結局ギブアップ。 ごめんなさい。

 

 

夕方になり宿を探すことにする。 トリバゴもexpediaも無い時代、脚で探して直接交渉だ。 気に入ったのはオンドル部屋がある小綺麗なホテル、運よく空室もある。 とりあえず一泊だけお願いしてチェックインした。

 

部屋でしばらく休んでいたところ、だんだんと頭が暑くなりクラクラとしてきた。 初海外の緊張の糸がいったんほどけたせいか、あるいは昼に食べた真っ赤なアイツのせいか。 すぐにもうまともに立っていられないくらいに悪化した。 今日はもう外出もできないだろう、熱いシャワーだけ浴びて寝ることにする。

 

残念ながら翌朝になっても体調は回復していなかった。 全身が熱い。 初めて海外に来てこのザマだ。 しかもヒトリ。  頼れるものが無い以上とにかく体調を戻すしかないとその日は完全休養に充てることにした。 ホテルに連泊を申し出る。  「Don't Disturb」 部屋で布団をかぶりひたすら眠り続けた。

 

 

(後編に続きます)

 

Busan harbour

 

【後編はこちら】

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よくわからないけどカフェで説教されているヒト達。

私はこのブログを書くためにいつもカフェやファストフードを利用している。 あまり高いところには行けないので、ドトール・サンマルクカフェ・マクド・ミスド・ロッテリアとかそのあたりが多い。

 

昨夜も仕事帰りにコーヒーを飲みながらブログを書いていた。 しかし斜め前の席の様子がどうもおかしい。 スピリチュアルなヒトならおそらく色が見えるであろうと思えるくらいの暗い負の空気が漂っていた。

ジーンズの中年と、もう少しだけ若いと思われるスーツ姿の二人組。 どうやら仕事に関する話をしているのだが、ジーンズ氏の方が立場が上らしくスーツ氏を執拗にネチネチと責め立ててている。 スーツ氏も必死で反論を試みようとするのだが、要領が悪い感じで弁も立たないので防戦一方という形である。 私もどちらかと言えばスーツ氏タイプなので、なんだかまるで自分が責められているような気分にだんだんとなってきて、こちらまで落ち込んで気分が悪くなってしまった。

 

最近不思議に思うのは、これと似たような負の空気を漂わす二人組が結構な頻度でカフェやファストフード店にいることである。 年齢層や服装、雰囲気は違えど、そこに繰り広げられるのはほぼ同じ。 ちょっと弱気で要領の悪そうな方が、長時間に渡り静かに、そしてネチネチと責められ続ける光景である。

いったい二人はどういう関係でどんな理由でここで話をしているんだろう。 会社の上司と部下で仕事について話している内にヒートアップしてしまった、という感じではない。 最初からネチネチありきという雰囲気だからだ。 第一、まともな企業人であればこんな公共の場で人格を否定したり、業務に関する深い話(内容はしょーもなさそうでも)をすることは無いだろう。

だとすると、なにかメンタルトレーニングとかカウンセラーによるロールプレイングみたいなものの一環なのか、とも想像したりもするものの、自分がこれまで(幸いなことに)このような状況に置かれたことが無いため、正直なところ全く答えがわからず、むしろ今自分のメンタルが崩壊しそうな勢いである。

 

 

それにしても昨夜のコーヒータイムはマジで悲惨な状況だった。 そのネチネチ説教組の他にも、目の前の席には身なりこそキチンとしているものの、やたらパンパンに膨らんだ高島屋の巨大な紙袋(中身不明)を5袋持ち歩いているジイサン。 一席挟んだ左隣にはオーダーした商品を待つ間、ソファー席で本気で横になって天井を見つめているバアサン。 さらに左奥にはスマホにイヤホンで動画を観ながら、たまにニヤニヤしたり小さな声でなんかブツブツ言ってる青年。 小さな店なのによくもここまで一堂に会するなと。 ヤバいヤツ率80%越えっていう奇跡。

 

冴えない顔でノートPCをポチポチ叩く、最近加齢臭に悩むメガネのオッサンも加えれば100%達成や。。。

 

こんな感じで平素からヤバ目の店なので「もう来るのやめておこう」といつも決意するのだが、まれに若い女性で席が埋まっていたり女子大生っぽいグループが集まっていたりするのを見て、もう幾度と無く前言撤回を繰り返しているのが現実である。

 

COFFEE

続・ぼくのかんがえたさいきょうのブログ執筆マシン。

先日のブログで、私が「外出先でしかブログを書くことができない」という性癖の持ち主であることを告白した。

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そのため、毎日の持ち歩きが苦にならないマシンを探し求めることになった訳だが、だいぶ長い旅になるであろうことは覚悟している。

 

現時点でもっとも理想に近いマシンとしてポメラDM200を挙げたが、やはりどうしても引っかかる点が色々とあり購入には至らないだろう。

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理由としては、

● もっと薄く軽いのが欲しい

DM200の重量は580g、軽いと見ることもできるが、7インチのモノクロディスプレイでネットもできない、単なる文字打ち用マシンとして考えた場合、もっと薄く軽くしてほしいというのが正直なところだ。 稼働時間は18時間ということだが、8時間程度持てば十分なのでバッテリーも軽量化してほしい。 最近は電源確保もしやすくなってきているし、スマホ用のモバイルバッテリーから給電するという手もあるからだ。 また、ポメラの存在意義そのものともいえるキーボードについても、個人的にはもっとショートストロークでも構わないからカッコいいものにしてほしい。 今のMacBookで使われているようなタイプにすれば本体ももっと薄くできるであろう。 希望としては、フットプリントは今のまま、厚さを15㎜以下まで薄くして重量450g以下でお願いしたい。

 

● 検討していた旧モデルが完売してしまった

ポメラにはDM200の前機種としてDM100というモデルがあった。 性能はだいぶ劣るものの、価格はDM200の実売約35,000円に対し2万円を切る価格で売られており、これを買ってみようかと最初は検討していた。 しかしいつの間にか完売となったようで家電店の店頭からも姿を消してしまった。 もはや手遅れではあるのだが、このDM100に対する未練を捨てきれない面がある。

 

● 自分にとって本当に必要かがわからない

ライターや記者、小説家など、書くことを生業としているヒト達にとってはすぐにモトが取れるマシンであることは理解できる。 しかし私の使い道はこのしょーもないブログを書くことがほぼ全てとなる。 はたしてそのためだけに手に入れる価値があるだろうか、と考えるとどうしても二の足を踏まざるを得ない。

 

 

と、ここまで書いてきてちょっと凹みそうだ。

まるで、好きなのに手が届かなそうな女性に対して、「ぜったいヤリ〇ンに決まってる」とか「カワイイ顔して腹の中は真っ黒なんだろ?」とか、全く根拠も証拠も無い説を作って無理やり自分を納得させているのと同じだからだ。

 

 

ホントはホシイんダナ。。。 ;つД`)

 

 

 

気温の低下とともに持病の腰痛が徐々に顔を出し始め、重い荷物を持つのが辛くなってきた。 そしてカバンの中には先日ケータイをMNPした際にヤマダ電機でもらったキャッシュバック、35,000円分の商品券が入っている。

 

 

神、いや悪魔が自分を試している。 もう少し己のチカラを信じて戦ってみるつもりだ。

 

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陰キャもグルーヴする香港の夜。

普段、音楽とはあまり縁が無い生活を送っている。 もちろん嫌いな訳ではないが、積極的にCDを買うことも無いし、コンサートやライブに行った経験は僅かだ。 ちょっと逸れるがカラオケも大嫌いである。 たぶん、人前でノリノリになったり歌ったりというのを避けようという潜在的な意識が働いているのだと思う。

 

 

 

その夜、私は香港の蘭桂坊(ランカイフォン)地区にいた。 傘をささなくても大丈夫な程度の霧雨が降る中、特に行く当てもなくブラブラと歩いている。 香港への一人旅、数時間前に着いたばかりだ。

到着早々にさっそくやらかしてしまいちょっとブルーが入っていた。 ホテルへ向かうタクシー、古ぼけた料金メーターに表示される数字の小数点を読み落とした。 つまり一桁多い10倍の料金を差し出してしまう。 冷静に考えればすぐに気付く間違いだが、着いたばかりでレートの感覚がつかめていなかった。 そして完全にボーっとしていた。 運転手も運転手だ。 それを指摘せずに走り去った。 気付いた時には後の祭りである。

 

 

ホテルの部屋で30分ほど落ち込んだ後、食事をしにやってきたのがここ蘭桂坊だった。 ライブハウスやパブなどが立ち並ぶいわゆるナイトスポット、眠らない街だ。 普段の私ならあまり立ち寄らないエリアだと思うが、先ほどの失敗をどこかで取り戻したい気持ちがあったのかも知れない。

 

Lan Kwai Fong

 

店は数多にある。 選び放題だ。 しかしだからこそ決まらない。 入る店を決めあぐねたまま、もう30分以上ブラブラしていた。

最終的に選んだのは、あるライブバー。 メチャ混みでなく、かといって空席が目立つ訳でもない。 ここなら旅行客がヒトリで入っても間が持つような気がしたからだ。

 

入口には黒服の店員が立っていた。 まさにアニメに出てくる「門番」といった感じの超マッチョの黒人だ。 そこでドア・フィーを払う。 10香港ドルだったかと思う。

お酒と軽いつまみを買って席に着くと、ほどなくしてライブが始まった。 ナイスタイミング。 タクシーの失敗を少しだけ取り戻せた気がした。

 

 

無名のバンドには違いなかった。 この値段で観られるくらいだから。 ところが歌も演奏も信じられないくらいに良かった。 基本的にカバーばかりなのだが、超ベタ過ぎもせず、しかし誰でもが聴いたことがある曲を適度な疾走感でつないでゆく。 しばらくすると完全に引き込まれていた。

 

 

リズムに合わせてカラダが揺れていた。 知っている曲は歌っていた。

日本では完全に陰キャのメガネのオッサンが、遠く香港の地でgrooveの渦に飲み込まれていた。

 

 

気が付くとライブは終わっていた。 お酒のせいも多分にあるとは思うが、半ば放心状態で店を出る。 そして歩いてなんとかホテルに着くとそのまま倒れ込むように寝てしまった。

 

 

 

「今まで観たライブの中で一番良かったのは?」 もし今そう聞かれることがあったなら。

「ほとんど行ったことないからベストなんて選べないよ」 そうやってお茶を濁すことだろう。

しかしココロの中にはあの夜の光景が浮かんでいる。 それだけは間違いない。